
-命をつないだ運河-

むかしむかし、今から2300年ほども前の中国の話です。
その時代、中国は7つの国に分かれており、それぞれ強力な軍隊を持って自分の国を守り、
他の国へ攻め入る機会をうかがっていました。
その中でもひときわ野望に燃えた王の国は、天下を統一するために侵略を始めました。
なかでも、農作物が豊かな南の地方に力を注ぎ、支配した地域には10万人以上の移民を
送り、将軍を置いて統治させました。
ある時、侵略されることを恐れた隣の国は一計を案じました。
土木工事に熱心な強国の王の姿勢を逆手に取り、大きな工事をさせて国の力を消耗させよう
と企んだのです。
そして自分の国の、土木技術に長けた男を推薦し、その強国へ送り込みました。
快く迎え入れられた男は、自分の能力を活かせると、喜んで働きました。
そして、完成すると農業の収穫高が何倍にもなるという、120kmを超えて東西に伸びる、
巨大な運河の建設に取りかかりました。
ところが、何年かが経って運河の工事が半ばを過ぎた頃、妙なうわさが飛び交うようになりました。
「あの男は、隣の国から我々の力を浪費させるために送られてきた工作員だ。」
「このまま運河の工事を進めてしまっては、敵国の思うつぼだ。」
というのです。
これを耳にした王は怒り、男の処刑を命じましたが、男は王に言いました。
「ここで工事を中断してしまっては、今までの苦労が水の泡となります。それこそが敵国の本当の狙いです。
この運河が完成すれば、荒れた地に水を注ぎ、作物を育てることができます。
そして、人々が身に付けた技術は、国の発展にきっと役立つことでしょう。」
心を動かされた王は処刑を取りやめ、工事を続けるように言いました。
そしてまた何年かが経ち、彼は無事運河を完成させ、その国はますます発展していきました。
さらに、収穫高が増えたことに加え、運河を利用して物資を運ぶことができるようになったため、
大きな軍隊が遠征しても、長く戦うことができるようになりました。

これがその国の軍事力を大きく向上させたことは、言うまでもありません。
その後、その国はとなりの国や他の国を倒して天下統一を果たしました。
そしてひとつ目の運河開通から約20年後、男が伝えた技術を受け継いだ者達が、南の地方に2つの河をつなぐ運河を完成させました。
この運河は36もの水門を持ち水位を調整できるため、長江(揚子江)から南の広州まで船で航行できるようになったのです。
男の名は、鄭国(ていこく)と言いました。
彼の言葉通り、運河を作る技術が、その国の天下統一に大きく貢献することになりました。
また、彼の一途な心が民衆と、自らの命もつないだのでした。
運河は、2000年以上経った現在も使われています。
彼の功績は当時だけではなく、今もなお人々の暮らしを支えているのですね。
【ハカセの... もうちょっと知りたい!】
2300年ほども前: 戦国時代と呼ばれます。
7つの国: 韓(かん)、趙(ちょう)、魏(ぎ)、楚(そ)、燕(えん)、
斉(せい)秦(しん)
野望に燃えた王の国: 秦(しん)の国。王は後の始皇帝です。
即位は13歳の時、鄭国渠の建造が始まった紀元前246年だったようです。
将軍を置いて統治 地域を郡と県に分けて統治しました(郡県制)。
隣の国: 韓(かん)の国。
土木工事に熱心: 万里の長城、兵馬俑(へいばよう)等があります。
土木技術に長けた男: 鄭国(ていこく)
巨大な運河: 鄭国の名をとり、鄭国渠(ていこくきょ)と呼ばれました。
全長120km。前246年建設を開始、前230年完成。
処刑を取りやめ: 誠意ある言葉に心を動かされたとも言われますし、秦国には技術者が
いなかったためとも言われます。鄭国自身も韓にだまされていたのでしょう。
そこで彼は秦のために力を尽くすことを決意したのだと思われます。
無事運河を完成: 前230年。
天下統一: 現在のベトナムまで勢力を伸ばしました。
2つの河をつなぐ運河: 霊渠(れいきょ)。全長は33kmほど。前221年工事に着手。
前214年完成と言われます(約7年間)。桂林の郊外、興安県(こうあんけん)にあり、
この運河によって秦軍は補給のままならなかった遠方に物資を供給できるようになり、
南越(今のベトナム地域)を倒すことができました。
霊渠は、長江(ちょうこう)の支流と珠江(しゅこう)の支流をつないだもので、画期的だった
のは、流れの向きが異なる2つの川をつないだ点です。
数十kmに渡って山を削り、川の流れを緩やかにしてつないだこの工事によって、2つの大河の
間を行き来することができるようになりました。この運河の建設には多くの人の尽力がありましたが、
秦の史禄(しろく)という将軍が主にこの任を帯びていたようです。
※長江は揚子江ともいわれ、中国、アジアの中で最長の河です(約6300km)。
※珠江は西江(せいこう)とも呼ばれ、長さ2200kmほど。
非常に幅の広い河で、流域面積では長江に続いて中国第2位です。
オマケの話
霊渠(れいきょ)は中国古代の水利施設で、世界で最も古い運河の一つです。
そして設計、建設技術の高さから、鄭国渠(ていこくきょ)、四川の都江堰(とこうえん)と
ともに、中国古代の三大水利工事に数えられています。
もとは軍事物資の運搬用でしたが、12世紀頃にかんがい用として用いられ始めました。
農地面積を数倍に拡大しつつ、現在も利用されています。
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